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FICTIONー石の鳥居と白狐ーそれは創作かそれとも嘘かー
FICTIONー石の鳥居と白狐ーそれは創作かそれとも嘘かー
Author: 天咲琴乃

第一話 白狐は、そこにいなかった

Author: 天咲琴乃
last update publish date: 2026-09-01 17:39:05

 その家は、昨日まで確かに存在していた。

「娘が住んでいたんです」

 目の前の女性は、三度目になる同じ言葉を口にした。

 天野イズミは手帳から顔を上げる。

「間違いありませんか?」

「ありません。昨日も行きました。夕飯を届けに。なのに今朝行ったら……家ごとなくなっていたんです」

 奇妙な依頼だった。

 家出人でも失踪者でもない。

 人間が消えたのではなく、その人間が暮らしていた家そのものが消えた。

 さらに奇妙なのは、その後だった。

 警察へ相談しても、そんな住所は存在しないと言われた。

 近隣住民に尋ねても、娘を知る者はいない。

 写真を探せば、娘が写っていたはずの場所だけが不自然に空いている。

「娘さんのお名前を、もう一度お願いします」

「ミナです」

 女性は即答した。

「私の娘です。二十二歳の――」

 イズミのペンが止まった。

「……どうしました?」

「いえ」

 手帳を見る。

 依頼人。

 娘。

 住所。

 聞き取った情報は、自分の字で記録されている。

 なのに。

 娘の名前だけが空白だった。

「ミナさん、ですね」

 イズミは改めて書き込んだ。

 女性は青ざめた顔で何度も頷いた。

 午後。

 イズミは助手の白野タカオミと、問題の場所へ向かった。

「本当にここ?」

 タカオミがスマートフォンの地図を拡大する。

「依頼人の話ではね」

「住宅地ですらないけど」

 目の前に広がっているのは雑木林だった。

 舗装された道は途中で途切れ、その先には雑草に覆われた細い道が続いている。

 家が建っていた形跡など、どこにもない。

「昨日まで家があったって?」

「本人はそう言ってる」

「イズミさん、こういうの専門外じゃない?」

「失踪事件なら専門内」

「家が失踪してますけど」

「だから困ってるのよ」

 イズミは草を踏み分けて奥へ進んだ。

 しばらくすると、木々の隙間に灰色のものが見えた。

「……鳥居?」

 石造りの古い鳥居だった。

 額束には何も書かれていない。

 その向こうには道すらなく、深い森だけが続いている。

 そして――。

 鳥居の真下に、一匹の白い狐が座っていた。

「……狐?」

 雪のように白い毛。

 首には藤色の組紐。

 そこから、小さな鈴が下がっている。

 狐は逃げるどころか、まっすぐイズミを見つめていた。

 チリン。

 鈴が鳴った。

 その瞬間だった。

『イズミ』

「――っ!」

 誰かの声がした。

 女の声。

 知らない。

 なのに、なぜか知っている気がする。

 頭の奥に、一瞬だけ景色が浮かんだ。

 白い部屋。

 机。

 開かれたノートパソコン。

 画面いっぱいに並ぶ文字。

 その中に――自分の名前があった。

「イズミさん?」

 タカオミの声で我に返る。

「今……」

「はい?」

「誰か、私の名前を呼ばなかった?」

「呼んでませんよ」

 イズミは鳥居を見る。

 白狐はまだそこにいる。

「あの狐は?」

「狐?」

 タカオミが眉を寄せた。

「どこに?」

「そこよ。鳥居の下」

 タカオミは黙って、その場所を見た。

 やがて首を傾げる。

「……何もいませんけど」

「え?」

 チリン。

 もう一度、鈴が鳴った。

 白狐は立ち上がる。

 イズミだけを見つめたまま、ゆっくり鳥居の向こうへ歩いていった。

「待って!」

 イズミは反射的に追った。

 鳥居をくぐる。

 その瞬間。

 世界が、一度だけ途切れた。

 音が消えた。

 色が消えた。

 ほんの一瞬、何もない真っ白な空間が見えた気がした。

「……なに、今の」

 イズミは振り返った。

 タカオミは普通に立っている。

 白狐はいない。

 そして――。

 鳥居も消えていた。

 その夜。

 事務所へ戻ったイズミは、パソコンに調査記録をまとめていた。

 消えた家。

 消えた娘。

 自分にしか見えなかった白狐。

 そして、消えた石の鳥居。

「疲れてるのかな……」

 保存しようとした指が止まった。

 文章の最後に、見覚えのない一文がある。

《白狐を見た者から、物語は始まる。》

「……なに、これ」

 削除しようとカーソルを合わせた。

 その瞬間。

 画面に新しい文字が、一文字ずつ現れ始める。

 イズミはキーボードから両手を離した。

 誰も触れていない。

 それなのに文字は増えていく。

《第一話》

 心臓が大きく鳴った。

 さらに、その下へ題名が打ち込まれる。

《白狐は、そこにいなかった》

「……誰が書いてるの?」

 返事はない。

 ただ、静まり返った事務所のどこかで。

 チリン。

 小さな鈴の音がした。

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